嶋川センセの知っ得社会科ー女性のためのお仕事相談室ー

女性が働き続ける上での様々な情報を提供し、また仕事上の様々な問題を共に考えます。

2006年03月

またまたご無沙汰しました。懲りずに私の言い訳を聞いてください。
一つは花粉症復活です。昨年は酷かったから、今年は早めに薬を飲んで、だまし、だまし来ましたが、ついに爆発!
二つ目は、中国残留婦人の原稿校正までこぎつけました。
ひょんなことから知り合いになった今年80歳になる中国残留婦人の方の手記が完成。龍谷大学の機関誌に掲載されるところまでこぎつけました。何度も校正して、完璧と思ってもミスはあるものですね。
でももうここまで来たら、後はしらん。
実に彼女とで出会ってから1年かかりました。いずれこのブログに連載ものとして掲載したいと思っています。命が軽んじられる昨今ですが、もっと軽んじられた戦争中に、生存そのものが奇跡としかいいようのない女性の半生が彼女自身の手で綴られています。
三つ目は、以前にも書いた「今静かに潜行している『労働契約法制』について、調べて調べて、何とかその何分の一かを理解して、2500字ほどにまとめたのに延々時間がかかってしまいました。

では、この言い訳で許してもらったと解釈して、前回の屋嘉比さんの判決文から始めます。
京都地裁判決 2001年9月20日
《原告とSとの各職務の価値に格別の差はないものと認めるのが相当であるが、賃金の決定要素は、それだけでなく、その個人の能力、勤務成績等諸般の事情も大きく考慮されるものであるところ、全証拠によっても、その点の両名に関する事情が充分に明らかにされているとはいえないので、これを考慮し、その損害をを控えめに算出すべきである。》
前回のブログで、画期的な判決(太字下線部)だと書きました。しかし、条件が付いているとも。この条件が太字斜線部です。
判決を私達が使っている会話調でいうとこのようになる。
「屋嘉比さんの働きはSさんの働きと同一価値労働、同一賃金であると認めるが、ここは日本だぁ〜。特に諸般の事情というものを忘れちゃいけないよ。個人の能力、勤務成績はどう考えたって屋嘉比さんは誰にも負けていないんだ。だから諸般の事情という全く訳のわからない文言が大切なのだ。屋嘉比さんの同一価値労働、同一賃金はSさんという男性との比較で、男女賃金差別という争点でもあったし、各職場で屋嘉比さんのような働き方をしている人はまあ少ないだろうから、全ての女性が同一価値労働、同一賃金を求めて裁判を起こしたりしないだろう。けれど、これがもし正規労働者とパートやアルバイト、契約、嘱託などの非正規労働者との比較で、この判決が出たら、日本の経済界はひっくり返ってしまうよ。コンビニ、ファーストフード、スーパーを初めとして、非正規労働者が支えている職場ばっかりだから。だから、条件を付けたのだ。取りあえず、同一価値労働、同一賃金をいう概念を判決文に書いた、そのことは評価してよ。」
まあこんな具合かな。
大阪高裁の和解のだいたいの内容は次のようなことです。
会社は屋嘉比さんに本件解決金として800万円の支払いの義務がある。
弁護士費用は各自の負担とする。

 では屋嘉比さんはなぜ大阪高裁で判決が出る前に和解したのでしょうか。二審の高裁では、賃金差額、慰謝料、弁護士費用の計2,073万円の損害賠償額に対して、和解金は800万円なのにと思った人も多いのではないでしょうか。

多分、屋嘉比さんは勝利を信じて、最高裁まで闘おうと思っていたでしょう。しかし、裁判官の全部とは言いませんが、本当に保守的な人が多いのです。多分裁判官になるくらいだから、エリートコースに乗ってきた人が多いでしょう。裁判官はとっても交際範囲が狭いのです。仕事帰りに飲み屋に寄って、隣の客といくら話しがはずんでも、「私は裁判官です」と明らかにしちゃいけないんだそうです。酔っ払ってくだをまくなどの行為はとてもできませんね。
裁判官を志す人は、必ず他の職業を経験するとか、挫折を味わうとか、陽の当たらないところを経験するとかしてもらわないと、悲壮な決意で裁判に訴えた、権利を踏みにじられた人の気持ちは分からないでしょう。
だから、地裁以上の判決は高裁、最高裁ではもしかしたら望めないかもしれない。上級裁判所の裁判官ほど上昇志向が強くて、ひらめの人が多いらしいから、権力側に立つでしょう
条件付きとは言え、この判決は画期的な文言「ペイ・エクイティ」を引き出した。だから、屋嘉比さんは多分一杯言いたい事はあっただろうけど、今の日本の状況や今後の女性たちのことを考えてこれで妥協してくれたのだと思います。
さて、昨日遅くにもう一つ画期的な判決は出ました。これは次回のブログで。

寒い!と書き出したが、もたもたしているうちに今日はぽかぽかと温かい。三寒四温ですな!
昨日、雪の舞う中で網戸を洗った。近所の人が怪訝な顔で見ていました。
ここ2回ほど院内集会での事例を書いていましたが、今日の授業は、またまた横道へそれます。

そう言えば、あなた方生徒に乗せられてよく脱線しました。そういう授業の方をよく覚えてもらっていたりして。
コメントにもあったように3月11日(土)に「京ガス訴訟」の報告会へ行ってきました。今回の授業はこのホット(?もう3日も経ってる)な報告です。
まずこの裁判で最も重要なことは「同一価値労働、同一賃金」をいう概念を裁判所が認めたことです。
これは画期的なことなのです。
後々までこの判決の恩恵は計り知れなく私達を包み込んでくれるでしょう。
残念ながら、近日中というわけにはいきませんが…
なぜって
それは条件が付いているからなのです。でも、条件が付いていても、この京ガス訴訟の持つ意味は大きいのです。

では順番に説明しましょう。
1月8日の授業で書きました「同一価値労働、同一賃金」についてです。これとワークシェアリングというのが最終的に私が到達したい「女性労働」の問題点を解く鍵なのです。だからこの説明を本気でしようと思ったら、私の早口で話しても何時間もかかります。
私の早口ちょっと思い出せました
だから今日も小出しで説明します。

まず京ガス訴訟とは何ぞや。
屋嘉比(やかび)さんは大阪ガスの配管工事をする京ガスに勤務しています。
淡路・阪神大震災のときにガスが至る所で漏れ、TVでの大火災の場面はまだ記憶に生々しいですが、そのときに実際にガス工事をしていたのはこのような会社の人なのです。
屋嘉比さんは、合理化を理由で会社から指名解雇(女性社員は全員)になりましたが、彼女はたった一人でこの指名解雇を撤回させました。1984年のことです。子どもの保育園への送迎を含む超多忙な日々に解雇を撤回させるべくビラを配り続けました。会社は解雇を取り下げ、彼女は会社に復帰しましたが、会社はその後2年間彼女を退職に追い込むべくさまざまな仕打ちをしました。
仕事を取り上げる、いやがらせ、強制配転などです。
そして1986年に彼女を建設部に配転しました。
この建設部の仕事においての「同一価値労働、同一賃金」を求めて彼女は1998年京都地裁に提訴しました。

さてここで「同一価値労働、同一賃金」について説明しましょう。前回のブログよりは少し詳しくします。
「同一価値労働、同一賃金」「同一労働、同一賃金」は似ていますが、違うのです。
「同一労働、同一賃金」の方が何となく分かったような気になります。
「同一労働、同一賃金」は同じ仕事していたら同じ賃金、うーん至極当たり前。
ちょっと待って!
じゃぁ、同じ仕事でなかったら違う賃金でいいの?
ここが会社の言い訳の根拠です。「男性と女性じゃ仕事の内容が異なるんです、わが社は」。
「同一価値労働、同一賃金」という概念はILO100号条約で明示されています。日本も1967年に批准していますが、国内法をいまだ作っていないのです。いくら国際法を批准しても、国内法を作らなければ実効はないのです。女性差別撤廃条約に批准したから、日本は均等法という国内法を作ったのです。「同一価値労働、同一賃金」ペイ・エクイティと言います。よって以下ペイ・エクイティとします。
ペイ・エクイティは看護師と技術者のような異なる職種・職務であっても、労働の価値が同一または同等であれば、その労働に従事する労働者に、性の違いにかかわらず同一の賃金を支払うことを求める原則です。
では異なる職種・職務の価値をどうして比較するのでしょうか。
それは職務分析、職務評価制度という考え方なのです。そしてすでにこの概念を法律にしているところがあります。カナダ・オンタリオ州のペイ・エクイティ法です。
ペイ・エクイティに関する上記の説明を含めて昭和女子大教授森ます美さんの説明を借ります。先日お会いしましたが、気さくなとってもおしゃれな、聡明な女性でした。
「あなたと私の仕事はペイ・エクイティよ」と言うためには、二人を比較する必要があります。
そのための職務評価とは?
《職務評価ファクターとして
知識・技能(skill)
精神的・肉体的負荷(effort)
責任(responsibility)
労働環境(working conditions)
の4要素を法で定め、各要素に含まれるサブファクターについては、個々の職場の職務内容を反映させて独自に選択することを労使の裁量に委ねている》というものだそうです。
分かりましたか
実は私もこの法律についてよく知らないので、勉強しておきます。でも英語の勉強になったでしょう?

次に屋嘉比さんの仕事内容をみてみましょう。
彼女が建設部に強制配転になったとき、彼女の仕事「検収・積算業務」を教えてくれる人は誰もいませんでした。彼女はこの仕事を部長(男性)から引き継いでいます。彼女は子どもを抱えながら残業をこなし、また自宅で徹底的に勉強をしたのです。そしてついに彼女の仕事は、彼女がいなければ会社は一切動かないというところにまで到達します。しかし、彼女の給料は上がりません。彼女はがむしゃらに働いて、会社の根幹である「検収・積算業務」を彼女1人で行いましたが、その結果が7年間のベースアップ3千円、同期男性との賃金格差は今までに4500万円、仕事を引き継いだ部長との格差は天文学的数字になることに憤ります。
勿論何度も会社と交渉しますが…。
ついに1998年彼女は《男女賃金差別を訴え、損害賠償として同期入社の男性社員、S監督職との差額賃金額および賃金差別に対する慰謝料の支払い》を求めて提訴します。

このブログ、携帯で見てくれている人もいるので、今日はここまで。

でも、賃金差別の裁判ってすでに判決が出ているのではないの
そうなんです。だからこの裁判と判決に注目なんです。
もっと知りたい(かなり強制的)。次回、乞うご期待

ブログ結構時間かかって書いたのに、勢い余って無意識にどこかのキーを触ったらしく、今全部消えてしまった。それに絵文字が上手く出ない。だから文字ばかりのブログです。

気を取り直して、また一から。

前回、すぐにブログを発信するようなことを書いていながら、さらに遅くなって、明日からまた何かと忙しい日々が始まるだろうに、今日中に発信できないようでごめんなさい。


先週の金曜日、大商の卒業生が、私が購読していない他紙の「非正規雇用」についてのシリーズの記事を切り抜いて持ってきてくれた。感激
彼女は、今パソコンが壊れていて、携帯でこのブログを見てくれているそうです。「携帯は、ほんま時間かかるわ」って言ってました。だからコメントまでは手が回らないそうです。
コメントなくても、読んでくれていることが分かっただけで勇気百倍です。

さて、今日、いや昨日の京都駅で次のような広告を見ました。多分求人か休職情報誌か、派遣会社かの広告だと思う。
「文句言いながら、辞めないのは多分この仕事が好きだから」

大学生向けの雑誌の校正を頼まれて、某大学某教授の次のような文を読みました。
ニートと呼ばれる若者は人付き合いが苦手。これは年長者にも言える。鬱になる人や自殺者が多いのもこれが関係している
(ここまで断定的ではなかったかもしれないが、まあこんな具合)。
むかついて赤ペンでチェックしておきました。

前回のブログで書いたけれど、院内集会で某大手メーカーの研究職の女性が、過労から鬱になって、休職期間が過ぎたから解雇になった。彼女の職場のノルマは非常にきつくて、同僚男性が2名も自殺した。
この人たちって、人付き合いが苦手だったからこのようになったの、教授!!!

前回のブログで紹介をしておいた番組、誰か見ましたか。
親にパラサイトしないで、東京で自力で生活したら番組の女性のようになるでしょう。
彼女は契約社員、年収150万円。家賃3万円弱のアパートは共同便所、風呂なし。隙間風で部屋が暖たまらないで暖房はしない。家に帰ったら何枚も重ね着をしている。番組では小さな台所で髪を洗っていました。友人と外食もしたいから、家で「まずい」と言いながら、素うどんを食べているのが映ってました。
彼女曰く。「東京駅でホームレスを見ると、紙一重だと思う」
また彼女は正社員並みに仕事をしているので、会社に「もう少し給料を上げて」と頼んだら、「次の職場が決まるまでここにいてもいい」と言われたとか。

昨年3万人以上の自殺者の理由を教授といわれる人はしっかりと調べて書いてくださいよね。

さて、今日は院内集会で国会議員に対して訴えた二人紹介します。
この二人は実名も、会社名も出してOKです。なぜなら彼女達は10年間も裁判で闘ってきました。本も出版されています。

おかしいことをおかしいと言い続けたお二人に心から敬意を表します。真摯な態度が人格となっている素敵な女性です。


住友電工におけるコース別人事制度              

住友電工男女差別裁判元原告 白藤 栄子  
    
私は、住友電工に1969年、高卒で事務職(均等法後一般職)として入社しました。
当時、同期同学歴同じ事務職で入社した男性が、29年後に私の直属の課長として赴任してきました。私は平社員のままで、賃金は一ヶ月24万円の差となっていました。
 同期同学歴の男性たちは、女性と同じく事務職で入社したものの、「全社採用」の事務職というわけで、5年後には全員が専門職(総合職)に転換し、ほぼ全員が3年刻みで昇格していき、仕事の経験も積みながら課長となっていました。
この間女性は、実は「事業所採用」の事務職であり採用が違うという理由で、転換の機会は全く与えられませんでした。転換は公募制ではなく上司の推薦のみで、女性で転換した人はありません。
 1994年、大阪婦人少年室へ均等法に基づき調停の申請を行いました。しかし、私たちが比較する同期同学歴の男性たちはすでに管理職となっており、私たちとは採用区分が違うので比較できない、ということで不開始となりました 
1995年裁判に訴えましたが、2000年の1審判決では、住友電工が女性を男性と同じ昇格できる機会から排除し、その結果月額24万円の賃金格差となっていることは憲法14条の趣旨に反するとしたものの、民法の公序良俗に反するとまではいえないとし敗訴しました。
 そして控訴審を含め9年に及ぶ長い裁判の末、2003年にCEDAWから出された「勧告」が裁判所を動かし、会社が私たち原告を管理職に昇進させて和解が成立しました。現在は、課長クラスの管理職として働く毎日です。
注:CEDAW 国連女性差別撤廃委員会


住友化学におけるコース別人事制度                   
住友化学男女差別裁判元原告  石田絹子 

 1963年、私は高卒で住友化学に入社しました。当時、住友化学は高卒男子は総合職、高卒女子は一般職という男女別採用をしており、女子には総合職への選択の余地はありませんでした。入り口からの男女差別の結果、私と同期入社の高卒男性は21年目には全員が管理職に昇格しましたが、私は平社員のまま42年間働き、2004年に定年退職しました。賃金は月額で22万円の格差がありました。
1970年の早い時期からコース転換試験があり、試験制度は一見、男女ともに機会の平等を保障しているように見えますが、男性には合格のための援助をしても女性には一切しないなど、その運用に大きな男女差別がありました。それは26年間の合格者数が、男性459名に対して女性16名というのを見れば明らかです。総合職に推薦してほしいと上司に願い出ても、「推薦するには見るべき数字が要る。あなたは定年まで会社の礎になって下さい」と言われました。1996年からは公募制となり、薬剤師や司法書士、一級建築士など国家試験合格者なら一科目免除されるというハードルの高い試験となりました。同期入社の高卒男性なら受けなくてもいいこのような試験に、一般職に置き去りされた高齢女性は必死にチャレンジしなくてはなりませんでした。
住友化学では過去に一般職から管理職に昇格した女性は一人もいませんでしたが、2004年の和解の2日後、初めての女性管理職が誕生しました。これは約10年に及ぶ裁判の成果に他なりません。


正社員の女性のこの酷い待遇。でも、これでも正社員だからまだ良いという声も聞こえてきそう。

「上見て暮らすな、下見て暮らせ」って、誰かがささやく。
下っ端同士で足を引っ張り合わせて、その陰でほくそえんでいる人はだーれだ!


最後にとどめの一言。
元外務省のえらいさんの話を聞きました。別にこの人の話を聞きに行ったのではなかったのです。たまたまこの人が話をしたのです。彼の持ち時間は10分間。「時間がない、時間がない」と言いながら延々としゃべる。たいした内容ではない。資料をお読みくださいといえば一瞬で済む。場を読むことができない、自分の立場にあぐらをかいている、みんなにへいこらされているとこんなおじさんが出来上がる。

今のこの国の中心にいて、庶民が誰も望んでいないような世の中を、得意げに作っているのはこういう人なんだと、いらいらしながら実感した。
今日も寝つきの悪い内容でした。
せめて誰か明るいコメントをくれませんか。



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