嶋川センセの知っ得社会科ー女性のためのお仕事相談室ー

女性が働き続ける上での様々な情報を提供し、また仕事上の様々な問題を共に考えます。

2007年01月

「働く女性の全国センター」発足とカンボジアのこと

今回のブログは1月20()「働く女性の全国センター」(ACW2)が発足したことを書きます。

まずここ、働く女性の全国センターをクリックしてみてください。これはブログ左下にもリンクしてあります。

 

昨年11月5日のブログに次のように紹介しました

《各地の女姓労組や女姓NGOのメンバーが集まり、働く女性のための初の支援組織を結成する。非正規雇用が働く女性の半数を超し、既成の労組では対応できない層が急増。どの地域の女姓も個人で参加でき、法的な助言や労使交渉の支援を受けられる仕組みが必要になった。年内に約500人の加入を見込んでおり、来年1月、東京都内で旗揚げ集会を開く。〜中略〜新組織の名称は「働く女性の全国センター」〜中略〜代表に予定されている「女性ユニオン東京」前委員長の伊藤みどりさんによると、非正社員女性を中心に解雇やセクハラ、パワハラなどの相談は増加。均等違法改正で労働基準法の女子保護規定が撤廃されて以来、働く女性の健康障害、うつ病も目立ち、複合的な対応が必要になっている〜中略〜(朝日2006.10.31)

 

ACW2のHPの左側に各地で活動している団体がリンクされています。

こんなに各地で活動している女性団体があるのですが、今まで全国組織はありませんでした。

当日の様子はHPの記事欄を読んでください。

 

ここでお願いが2つあります。

一つ目は「ACW2に加入しませんか」ということです。この会を存続させるのは一人ひとりの女性の力なので、私も及ばずながら呼びかけをすることにしました。HPを読んで考えてください。

 

メーリングリストを使って会員からのメールが入ってきています。勿論個人情報は守られています。メールを読みながら、「私もここにいるわよ」「私も」と言っている声が各地から湧き上がってくるような感じがしました。

以前にも書きましたが、このブログを始めるきっかけとなったのは、卒業生への調査でした。仕事を続けるか辞めるかというような岐路に立ったときに、「相談する仲間がいないこと」や「家庭と仕事の両立をしている女性の先輩がいないから、自分の未来像が描けない」ことや「毎日の仕事をこなすのに精一杯で、労働問題について学ぶ機会がない」状況に、特に女性が置かれているということに気が付きました。

各地の女性がメールで話し合うのは素敵なことだと思います。

2つ目は就業規則アンケートにご協力くださいをクリックしてください。これはACW2のHPの「記事 ACW2からのお知らせ」に2007/01/11の項目があります。できるだけ沢山の数を集めたいので、これは別に会員でなくでも回答できるので、今仕事をしている人は是非とも協力をしてください。

さて今日はACW2にアクセスしてもらうことのみ書きました。クリックしてくれた人の感想が聞きたいですね。

 

おまけの授業はカンボジアの続きです。昨年の10月にカンボジアへ行ったことは、このブログでも少しだけ書きました(2006.10.19)。あのときは、「いずれまたおいおいと書いていきます」の言葉で締め括りましたが、あの旅行以来《カンボジア》という言葉に耳が敏感に反応するようになりました。

とは言っても1992年に日本が初めて海外に自衛隊を出した国がカンボジアであったので、敏感に反応するDNAはそのときに刷り込まれていたとは思うのですが…。2学期が始まってすぐに、教室が騒然としたことをよく覚えています。

 

そのカンボジアに滞在しておられる中川香須美さん(カンボジア弁護士の会,アジア女性資料センター会員、カンボジアの首都プノンペンの大学で「ジェンダー論」を講義。神戸出身)から「今、はじめて語られる歴史―カンボジア内戦下の性暴力―クメール・ルージュ時代の性犯罪」というテーマでお話を聞く機会を得ました。中川さんのカンボジア滞在は8年になりますが、最初に行かれたときはポルポト派(クメール・ルージュ)がUNTAC(国連暫定行政機構)主導による武装解除や停戦に抵抗していたときだったので、銃撃戦の音に机の下に隠れることもあったそうです。「怖かったでしょう」という問いに、「阪神淡路大震災に比べればどうってことありませんでした」との答えが返ってきました。この言葉であの大震災がどれほどのものであったかをかえって知ることになりました。

 

カンボジアの女性の地位は低く、特に若い女性に対しては貞操と従順を求められているのは今でも同じだそうです。性被害は被害者である女性の側に落ち度があったからだとされて、犯罪として取り上げられません。ポルポト派の兵士は、レイプした女性を殆ど殺してしまいましたから、生き残っている女性を探し出すことから始めなければなりませんでした。中川さんはこういう状況下で、カンボジアのスタッフの力を借りて、1500人の女性を調査し、さらに100人に聞き取りをされました。その調査概要の講演があったのです。ポルポト政権下で100万人とも300万人ともいわれる人々が虐殺されました。これに対する裁判が昨年の秋から始まりました。これは国際法廷ですが、裁判官も弁護士もカンボジアでは数が非常に少ないのです。なぜなら19754月から19791月までカンボジアを支配したポルポト政権は、前政権の指導者、元軍人、兵士、公務員、芸術家、医師、弁護士、学者、教師、技術者等の知識人を殺してしまったからです。眼鏡をかけた人も知識人とみなされて殺されたそうです。なぜこのようなことが起きたのかを国際法廷で明らかにしてもらいたいものですが、なんせ人材がないから裁判を開くのも大変なことなのです。

ポルポト政権についてはインターネットで沢山出ていますので検索してみてください。

では今日はここまで。

アメリカモデルの労働ビッグバンと人の力

《「残業代ゼロ」提出見送り 今国会首相「理解得られぬ」》(2007.01.17朝日)

 

ついにホワイトカラー・エグゼンプションは「残業ゼロ」に代表されるようになったのかと、話の本筋を忘れて変なところで感心しています。

なんせ「ホワイトカラー・エグゼンプション」は「仕事と家庭の調和」を推進し、少子化を阻止する手立てにもなると発言する首相ですから、油断は禁物です。

 

「国民の理解得られぬ」が国会提出を断念させたのなら、永久に提出なんてできないはずです。「国民の理解得られぬ」ことがスイスイと国会で決議されているのだから、他に理由があると考えます。

経営者側は、このホワイトカラー・エグゼンプションに該当する人を厚労省の言う通りに厳密に当てはめるのならそう効果を期待できないし、これと抱き合わせの「残業代を今の25%増しから50%増し」にはしたくないからとかで、今回のような提出見送りになったまでのことでしょう。

 

年末29日に「幸せを呼ぶ?労働ビッグバン」と題して国際基督教教授八代尚宏さんと弁護士中野麻美さんの対論が掲載されました(朝日)。終わりまで読んで、これはお互いの言い分を記者が聞いた後に、まとめたものだと勘違いしてしまいました。見出しをよくよく読んでみると「対論」とあるし、文章の最初には「専門家2人が話し合った」と書いてありました。それくらい2人の話合いは交差せず、平行線のままの感がしました。特に労働ビッグバンの旗振り役である八代さんは現場のことが分かってないと実感しました。八代さんは「経済のグローバル化で低賃金の国との競争、人口減少や少子高齢化による労働力減少、だから成長促進のためには労働市場をより自由、柔軟にし、非正社員も含めて雇用のルールや働き方を大きく変える必要がある。雇用保障の犠牲やむなし」という意見です。

 

規制緩和を推し進め、日本のモデルとなっているアメリカは、超格差社会をひた走りに走っています。

2001年のアメリカの富の分布は、全所帯のトップ1%(特権階級:純資産1200億円の超金持ち約400所帯と純資産120億円の金持ち約5000所帯)が全米の富の33.4%を保有し、次の4%(純資産12億円以上の富裕層約35万所帯と純資産24千万円以上でかつ年間所得2400万円以上)25.8%で、この2つのトップ5%が60%の富を握り、最下層はアメリカの人口の2530%を占めている。貧困ラインとは(4人家族で年間所帯所得280万円以下)に満たない階層のこと。(小林由美著『超・格差社会アメリカの真実)』日経BP出版センター)

2007年の今はさらにトップの階層の保有率は高くなり、トップと貧困層の間の中間層が貧困層へシフトし、格差は拡大しているそうです。

 

なんで一部の金持ちを支えるために働かねばならないのだ

グローバル化という水戸黄門の印籠のような言葉は(古い)、一部の人を豊かにしているだけじゃないか。これを言えばみんなひれ伏すとでも思っているのでしょうかね。

 

昨年のハリケーンのニュースで、アメリカの貧困層の現実を知りました。この貧困層の面倒は最終的に誰がみるのでしょうか。そうなれば金持ち層は国外に居を移すのでしょうか。でも権力を持ちたい、威張りたい政治家は、選挙民あっての政治家なので、彼らは逃亡できないでしょうね。

 

これを読んで、教師をしていたときのもどかしさを思い出しました。今再び「学力向上のために授業時間増加」を政府が言い出しています。「7時間授業もあり」だそうです。

児童・生徒の学力低下を7時間授業で解決できると思いますか

考える力を7時間授業で養えるとしたら、それは余程今まで考えてこなかった人の考えのように思います(表現まず〜い)。

 

私が勤務していた頃、高校一年生の社会科科目は現代社会でした。多様な考え方があることを、話し合いのなかで知ることは重要です。現代社会のさまざまなことをディスカッションしました。1グループ4人でグループを作ります。1クラス40人なので10グループ、4人は座ったまま机の向きを変えるだけでグループを作ることができる数字であり、必ず発言しなければならない数字なのです。グループで話し合った内容をまとめて、みんなの前でグループの代表が発表するのに3分、10グループで30分、座席移動とか資料配布とかで5分、これでディスカッションに割ける時間は15分しかありません。話合いが佳境に入って来ると時間が来る。せめて30分は欲しいといつも思っていました。教師が一方的に授業するのとは違って、生徒が主役です。脳ミソもフル回転の一時間となります。これこそ考える授業ではないでしょうか。他の教科でも同じことが言えます。

 

そう、1クラス20人、即ち教師を2倍にすればいいのです。人の力は、40人÷20人=2倍の発言時間確保というだけではなく、その何倍もの力になります。それは目先の人件費という経費以上の効果を生み出します。

 

「日本経済のためには犠牲も止むを得ない」という社会で、人々の力は、割り算どころか累乗で衰退の一途をたどると思います。八代さんは生身の人を見ていない、机上の人という感想を持ちました。

では今日はここまで。

ワールドに気持ちを表してきました。

2007年2回目のブログです。

バーゲンも始まりました。

昨年1123日に《アパレルメーカーの「ワールド」がパート5000人正社員化》の記事を書きました。近くのデパートにワールドがあります。そこでもバーゲンが始まったので、少しだけ買い物をしました。

応対してくださった販売員の方に、この記事についてお話を伺いました。まあ世間話しの一環ですが…。

「正社員が非正社員になることの方が多いのに、時代に逆行していると驚かれるのですよ」、「育休も取れます」とのこと。

「正社員化の新聞記事に感激して服を買いに来ました」(バーゲンというのがちと悲しいね)と言うと、「社長に伝えます」と言ってくださいました。女性だけに限らず、安心して働ける職場は応援したいですね。

 

ところが、反対に「買うのを止めようかな」と思う記事を元旦の朝刊に見つけました。それは「企業も国旗・国歌を」という見出し。経済界はついに心の問題にまで言及するようになったかと思わずぎょっとしてしまいました。

世界の観光地で、被写体にレンズを向けている人々のビデオやカメラを見ると、SonyとかCanonとかPanasonicの名前をしばしば発見します。思わず「まいどありー」と言いたくなります。これって愛国心なのかしら私のデジカメもプリンターもキャノンです。

 

世界中で使われているキャノン製品、社長は御手洗さん、日本経団連会長でもあります。御手洗さんがこれを言い出したとのことです。

 

法律が成立する何年か前には、必ず経済界はそれに関連することを発言しています。そして何年か後にはそれが法律となります。

例えば均等法成立の過程において、経済界は「女性保護全面廃止」を言い、「男女平等は機会の均等であって、結果の平等を求めるとかえって困難な問題が生じる」というような趣旨の発言をしていました。その意向が取り入れられて、均等法はILOの精神を大きく外れて今でも先進国の中で恥ずかしい内容のままです。今年4月から施行される改定均等法は男女双方に適応されますが、それまでは女性にのみ適応の法律で、それも機会を与えてもらっただけでした。だから経営者側の思惑通り、女性はドアを開けてはもらいましたが(ドアの存在を知らされないというのは、試験を受ける当事者にしか分からないことなので、企業責任は問われません。男性には来る求人情報が女性には来ないということです)、そのドアを一歩入ったところから男性と歩く道が違っていました。住友裁判を始めとした女性差別裁判がその証拠です。また均等法の「均等」は、女性の働き方を男性並みにするのに使われ、男性は女性に負けじとさらに働かされるようになりました。過労死が、相撲や津波などと同じように日本語で通用する国際語となっています。今でさえ会社に身も心も捧げ、忠誠心一杯の日本の労働者に、「国旗・国歌を」とは

あなたは何を連想しますか。

「企業のために奉仕することは国のために奉仕することである」の次にどんな法律が待ち受けているのでしょうか。

 

知り合いのドイツ人が年末年始と長い休暇を取っているので、その訳を聞いたところ、「土日に仕事をしたので、休まないと罰せられるから」と言ってました。

国際的な企業の経営者なら、「ヨーロッパ並みに休暇を取ろう。サービス残業なんてとんでもない。」とまず言ってもらいたいものです。

年が明けてもいいニュースは続きませんね。

では今日はここまで

初夢〜同一価値労働・同一賃金とワークシェアリングをつなぐもの

あけましておめでとうございます。

今年もブログにお付き合いください。

 

年末のブログに「春闘」と「ワコールの正社員化」の予告をしましたので、今年最初のブログはこれに対する私の考え方を紹介することから始めます。

 

私は同一価値労働・同一賃金」とワークシェアリング」が、今の日本が抱えている労働問題を解決する糸口となるとずっと考えてきました。

しかし、同一価値労働・同一賃金の考え方は、労働者に味方する方向へは行かず、むしろ正社員を非正社員化する方向に使われるようになって来ていると聞きました。(20061201日のブログの昭和女子大森ます美さんの講演と〃年3月15日「京ガス訴訟の意義」を参照してください。森ます美さんは京ガス訴訟の原告屋嘉比さんの鑑定意見書を書いた方です)

 

ワークシェアリングについては、このブログではまだ詳しく書いていませんので、次回からぼつぼつ書いていきますが、主としてオランダ型とスウェーデン型があります。

日本政府もワークシェアリングについて検討していますが、日本はオランダをモデルとしています。

 

ワークシェアリングとは、文字通りワーク(WORK)をシェア(SHARE)することです。

 

ところが労働者はワークシェアリングにあまり賛成ではないようです。労働者は賃金が低下するのであれば実施するべきではないという意見が多い。」(「ワークシェアリングに関する調査研究報告書」2001426日発表三井情報開発()へ委託実施)と結果が報告されています。

多分この労働者の大部分は男性正社員のことでしょう。主に同一価値労働、同一賃金の考え方は経営者側が、ワークシェアリングは労働者側が賛成でないとなれば、日本の今抱えている労働問題はお先真っ暗です。

 

まず「ワールドの正社員化」(20061123日のブログ)で、次のようなことが考えられませんか。

 

昨日の大晦日に私は生協とデパートと個人商店に買い物に行きました。個人商店を除いて他は大賑わいでした。多くの中年女性が働いていました。彼女たちは明日のお正月の支度とか、年末の大掃除とか、頭の片隅に置きながら仕事をしているのだろうなと思いました。

 

ワールドの正社員になった販売員の人の中には、結婚したり、子育てをしたりする人も出てくるでしょう。そのとき彼女たちは販売の知識も技術も持ちながら、仕事と家庭の両立に苦しむことになるでしょう。

(意地悪く考えると、パートから正社員になった時点では収入は大きく上がらないかもしれない。でも将来的には正社員は年数が経てば収入は増える。ではそのとき会社側は5000人分の人件費をどのように捻出するか。販売という仕事は、休日、夜遅くという時間帯に働く仕事である。だから継続して働くことができる人は少ないだろう。退職・新規採用は頻繁に起きるから人件費は年月が経ってもそんなに膨大にはならない。ワールドの経営者の方、意地悪な見方ですみません)

 

片や春闘に目を向けると、連合は「賃上げ」を要求しています。景気回復とは名ばかりで、大多数の労働者の懐はなかなか温かくならないというのが現実です。日本の企業は、企業の中で貯めておくマネー(内部留保)が非常に多いのです。だから賃上げの要求は当然です。でも正社員の労働時間の長さは世界一です。過労死、サービス残業は日本の労動者の枕詞の感がします。

「賃金は現状のままでいいから、一日8時間しか働かない。残業は一切しない。有給休暇も行使する。」と春闘で言ってもらえませんかね。

これを実現するためには労働者を増やさなければなりません。

「賃金は現状のままでいい。だから人員を増やせ。それも同一価値労働、同一賃金なのだ。」とも言ってもらえませんかね。

 

労働者が価値観、視点を変えることが今重要なことだと考えます。ずっと賃上げを要求してきた労働者側が、それで本当に豊かな生活を手に入れることができたでしょうか。

(陰の声:経営者はもっと悪意に満ちた考え方で回答するかもしれないけれど…)

これが私の春闘に対する考え方です。

 

ではこのワールドの販売員と過労死寸前もしくはサービス残業の日々の正社員が双方とも幸せになる方法はなんでしょうか。

 

それは「仕事と家庭の調和」という考え方を権利として持つことです。

「ワークシェアリング」と「同一価値労働・同一賃金」の考えは単独ではなく、車の両輪のように共に作用し合い、実現されるべきものです。その両輪を結ぶシャフトの役割をするのが「仕事と家庭の調和」(ワーク&ライフバランス)だと私は考えています。

 

働き過ぎの正社員の皆さん、会社以外での人生を楽しむことを真剣に考える時期に来ているのではないでしょうか。

元旦なので、長々しい文はこれくらいで、今日はここまで。

ブログに関して次回ちょっとしたお願いをしますので、継続して読んでくださいね。

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