嶋川センセの知っ得社会科ー女性のためのお仕事相談室ー

女性が働き続ける上での様々な情報を提供し、また仕事上の様々な問題を共に考えます。

2009年12月

韓国映画「外泊」について。

今映画「外泊」今回は、前回に予告していた韓国ドキュメンタリー「外泊」についてです。
まずあらすじからです。


 

 2007630日、ソウルの大型スーパーのレジ30台の間にパート女性500人が座り込んだ。勤続18カ月以上の労働者は正社員にするという新法の施行を前に会社がパートを全員解雇し、レジ係を外部委託すると発表したからだ。21日間、泊まり込んだ。

 キム・ミレ監督は初日から撮影を開始。女性たちが「占拠」を通じて家事からも解放され、生き生きとしていく様子をとらえた。「(ストと言えば)堂々と家を出られる」「メシ、フロと言う人もいない」。タイトルは、パートの一人がストを「結婚後、初めての外泊」と表現したことからつけた。

 月収は80万ウォン(約6万円)未満。「女は低賃金で十分だと言われる」「トイレ休憩もなく6時間以上立ちっぱなし」「職場ではいつも『おばさん』と呼ばれる。私にも名前があるのに」。パート女性の苦悩は日韓共通だ。キム監督は「女性には妻、母の役割を持ったまま働くという特有の困難があり、それは争議では変わらなかった。なぜ、と問いながら撮った」と話す。

 ストは警察の突入で60人が連行され、終わった。争議は1年半後、スーパーが別の会社に買収され収束した。(20091211日「朝日新聞」より)

 

 

この映画を見た独身の女性が、「なんで女性は結婚するのでしょうか?男なんか女性の邪魔をしているだけではないですか。ストライキの素晴らしい事実よりも、ストライキ中の妻を『早く家事をしてくれ。誰が子どもの面倒をみるのだぁ』とか言って連れ戻しに来る夫たちの封建的な考え、そういう夫と結婚している今まさにストライキを決行している女性たちとのギャップに戸惑ってしまいました。」と感想を言ってくれました。(私も共感!)


しかし同時に、ストライキをする女性たちを見て涙が止まらなかったという意見も多くの、特に非正規で働く女性たちから出ました。
(横にいた私の友人は2回目なのに上映中ずっと涙していました。)

 

その後交流会があり、お二人がゲストで来て下さいました。

争議当時の組合副委員長で解雇されたイ・キョンオクさんと、職場復帰して分会長を務めるファン・オクミさんです。お二人とも正社員でした。(なんで正社員とパート労働者が共にストライキをすることが出来るの?)


では上映会があった大阪と京都へ来てくださったお二人に質問した内容を紹介することで、争議の実態を知ってください。長くなるので、ここからは「続きを読む」に入れます。


あなたもこの映画を見てみたいとは思いませんか?勇気をもらえるし、何より地に着いた女性たちの運動に感動を覚えます。男性と女性の運動の何が異なるのかを考えることもできます。
(私は男性とか女性とかで分けたくないのですが、この映画を見ていると「命」に対する考え方に違いがあるのではないかと思えたりします。)

何人か見たい人があれば、上映会を企画したいですね。

では良い年をお迎えください。

 

 

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いろんな仕事1:旅行添乗員

もう12月、やっと12月。私は前者しかありませんが、人それぞれです。


労働問題に関しては良い話は全くといってない一年でした。

私の周りでも安易な雇い止めがあり、相談を受けています。頼りにする労働組合は使用者側に立って動かず、雇い止めの期限はどんどん迫り、「労働者の法律は労働者を守らない」とも法律の専門家にも言われ、もう八方塞の状況です。「雇い止め」を言い渡された人のことを思うとやり場のない怒りが湧いてきます。

しかし、ついに、レジ係りの非正規労働者が、正規雇用を求めて立ち上がり、ストライキを500日以上にわたってやり遂げたのです。「えー、そんな新聞に出てたぁ〜」。そう、これは韓国の話です。次回に詳細を書きますので、楽しみにしてください。ストライキをした女性たちとも会いました。勇気のある言葉を沢山もらいました。次回っていつだ?

はい、年末までには何とかと思っています。


と昨夜ここまで書いて、今朝の新聞でが〜ん!
<パナソニックプラズディスプレイ偽装請負、雇用認めず、最高裁二審破棄>。これもいずれ詳しく書きますが、裁判官は「法律だけ見て、人間を見ていない」というのが私の第一印象でした。ますます八方塞です。

 

さて、今日の本題です。

前回のブログで、「今後このブログでも、卒業生の仕事を紹介していきたいと考えています。」と書きました。

卒業生のことではありませんが、「旅行添乗員」の仕事を聞く機会がありましたので、それを紹介します。

卒業生の中にも添乗員になった人がいます。高校時代、行動的でまっすぐだった彼女、今はもうこの仕事を辞めたと聞いています。一度会って実態を聞かなければと改めて思いました。

 

あなたは「旅行添乗員」と聞いてどんなイメージを持ちますか?

私は修学旅行で添乗員の方と行動を共にしましたから、その過酷さを理解しているつもりでした。違う意味で、修学旅行中の教師も同じ過酷な条件でしたから、特に添乗員の仕事に思いを馳せることはなかったかもしれません。


仕事を辞めてからは、海外旅行で添乗員にお世話になっています。

昨年エジプトへ行ったとき、帰りの機中でアンケート用紙が配られました。アンケートの回答如何によっては賃金の査定に関係するだろうなと思いながら、その時は苦情(急病の人の対応)を書いてしまいました。添乗してくれた彼の雇用形態を聞くことができなかったので、時々思い出して心配しています。しかし、苦情を聞くことで、彼は成長することもあるでしょう。彼が旅行会社の正社員だったら、上司に「この点に関しては注意しなさい」と忠告で済んでしまうかもしれません。ところが添乗員の圧倒的多数は派遣添乗員なのです。派遣労働者については、このブログでも何回も述べています。まさか私の苦情で、「即解雇」ということが彼に及んでいないことを願います。

 

話をしてくださった方も派遣です。しかし、彼が所属しているのは、添乗員の待遇の悪さを改善するために有志で「労働者供給事業」を立ち上げ、その後株式会社として派遣事業を行っているところです。(労働者供給事業についてはwww.union-net.or.jp/roukyo/intro/main.htmlを見てください。)添乗員の仕事は1970年代後半に専門職として出現しました。当時と比べて、賃金を初めとして労働環境はどんどん悪くなっています。

20
年前は交通機関が整備されていないこともあって、総じてのんびりとした旅行であり、ヨーロッパ旅行を例に取ると、10日以上だったものが今は8日が標準になっています。催行人数が15人〜20人であったのが、今は3035人に。交通網の整備によりあらゆる場所に出かけられるようになり、その分の予備知識を付けなければならないこと。また現地にいる日本人ガイド(もしくは日本語のできるガイド)が以前は付いたのが、経費削減のため付かなくなったこと。同じようにバスガイドも付かなくなったこと。食事が一律でなく、オプションで注文できるようになったため、手間がかかること等を挙げられました。低価格、てんこ盛りサービスの影響はまっさきに添乗員にかかっていたのですね。

 

彼の話を紹介するために、ネットで添乗員のことを調べました。これを交えながら、紹介します。ネットの資料は『添乗員労働条件実態調査平成1711月〜18年1月、社団法人日本添乗サービス協会』によりました。字数が多くなりましたので、以下は「続きを読む」に入れました。「続きを読む」もよろしく。

  

添乗の仕事がどれだけ複雑で多岐にわたるかを書いたブログもあります。将来のあなたの、また子どもの職業選択のために知識を持つことは大切ですね。


最後に、話をしてくださった方は、空港で「楽しかったわ。添乗員さん、ありがとう」との一言で苦労が吹き飛ぶんですよ。」と締めくくられました。私が今職務評価で取り組んでいるケアワーカーの人も同じ。因果な商売だね!

では今日はここまで。

 

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