嶋川センセの知っ得社会科ー女性のためのお仕事相談室ー

女性が働き続ける上での様々な情報を提供し、また仕事上の様々な問題を共に考えます。

2010年04月

いろんな仕事ー卒業生の仕事紹介4−メーカー総合職

天候不順が続きます。

私の住む周辺の桜はほぼ散ってしまいました。お花見に行きましたか?

忙しいと季節の移ろいを味わうことなく日々が過ぎていきます。

桜ではなく、散りかけている政権の話題も今朝(早や!昨朝)の新聞にありました。
《普天間
5月の決着絶望的、首相の直談判米側冷ややか》
普天間の代替基地はどこになるのでしょうか。
アメリカの基地は日本から出て行っての立場の者にとっては、『アメリカのは態度デカイ』と映ります。民主党になって、厚労省関係ですが情報公開が迅速になったとの仲間からの報告はあります。例えば以下のサイトです。厚労省の回答は型通りですが…。


・厚生労働省の業務改善事例(〜今週の業務改善〜)

http://wwwhaisin.mhlw.go.jp/mhlw/C/?c=150433


・厚生労働省に寄せられた「国民の皆様の声」の集計報告について

http://wwwhaisin.mhlw.go.jp/mhlw/C/?c=150437

 

そうそう、前回に書いた「豊中女性センターステップ女性館長雇い止め裁判」で、被告の豊中市及び女性センターが上告しました。豊中市民は情報公開をしてください。

高裁までにいくら裁判費用、弁護費用がかかったかを。最高裁まで闘う意味は何なのかを。

三井さんの裁判で良いことがありました。豊中女性センターに働く非正規職員が全員正規雇用になったそうです。勿論原資は税金ですから限りがあります。だから短時間労働の方もいます。しかし、来年も雇用されるだろうかと心配することはなくなりました。ある意味「同一労働同一賃金」への第一歩になるかもしれません。

 

卒業生の職業紹介をしていますが、予告した「挫折した総合職の女性」は、正しくは「挫折させられた」です。このブログで度々兼松裁判を取り上げています。兼松裁判の原告たちは、男性の総合職との余りの賃金差を裁判に訴えました。しかし、1985年の男女雇用機会均等法でコース別(総合職とか一般職OR事務職)が作られましたが、その男性ばかりの総合職に混じって、ごく少数ながら女性たちも居ました。企業は本気で女性の能力をかっていたのか、それともポーズだけだったのか。初期の総合職にいた女性の仕事のその後はなかなか見えてきません。


彼女は総合職が出来た
5年後に大手電機メーカーの総合職になりました。

ある製品を売り込む戦略のプロジェクトの一員となり、地方へ出向します。ある期間が過ぎ、同じように出向していた男性は本社へ戻りますが、彼女は出向先に置かれたまま、そこの事務をすることになります。何度も何度も本社へ戻すように上司に掛け合いますが、叶いませんでした。彼女は辞めました。

 

彼女との遣り取りの中で疑問が出てきました。「コース別」を取り入れた企業は、その年度からの求人票には「総合職求む」とか「事務職求む」とか記載した筈ですが、その時までに既に働いていた人たちには改めて「あなたは総合職です」「あなたは事務職です」というような辞令を渡し直したのでしょうか。
兼松や住友メーカーの元原告に今度聞いてみましょう。

全ての男性が総合職で、ごく一部を除いて
(均等法に則って!)女性が事務職の辞令が出たのなら、なんで当時大きな問題にならなかったのでしょうか。これもまた聞いてみなければ。


「なんで私は事務職なんですか」と、「コース別」が導入された時点で執拗に食い下がった卒業生がいます。


「男性は本社採用だから総合職です。あなたは地方採用なので事務職です」。
「同期に入った男性とはここ
(地方)で一緒に入社試験を受けました。納得できません」と彼女は言い続けました。しかしこの質問をしたのは女性では彼女一人、孤立無援というか、なぜこのことに疑問を持たないのかという同僚に対する絶望感と怒りは察するに余りあります。一緒に入社試験を受けた同学歴の男性の賃金表を彼女はあるとき偶然にも見てしまいます。そして辞めました。入社して4年後のことです。


均等法における事務職であれ、総合職であれ、女性への対応は、これから国会で審議される「労働者派遣法」にも通じる問題点です。労働者を人とは見ていない点は共通して流れています。

では今日はここまで。

豊中女性センター館長雇い止め裁判の報告(二審)

新年度になりました。卒業生のお子さんが志望高校に合格しました。学びたい学科で夢一杯。戻れるものなら、あなたは何歳からやり直したいですか?

若い方がいいけど、テストがない今もまあ悪くはないかな?


用事があって京都の某大学へ行きましたら、入学式でした。入学式の服装はリクルート服なのですね。知らなかったあー!二年半後にも着なければなりませんが、今日の入学式のように晴れやかな日に繋がることを切に願います。

 

記事を読んで、とっても奇妙な感じを受けました。

《特養の介護職員、医療行為の一部容認へ》

 厚生労働省は25日、新年度から、特別養護老人ホームで働く介護職員に、医療行為の一部を認めることを決めた。 今回、認められる医療行為は、口腔内のたんの吸引と、チューブで胃に流動食を送る「経管栄養」の準備と経過観察、片づけなど。~中略~医療行為は医師や、医師の指示を受けた看護師らにしか認められていない。だが高齢化に伴い、特養では医療処置が必要な入居者が増えている。~中略~全国に約6000か所ある特養で全面的に行うことにした。2010325 読売新聞)


何が奇妙って?「認めることを決めた」は「お願いすることにした」の間違いではないですか?机上で物事を決めている人は、「介護は誰でもが出来る」という発想だからこんな発表になるのです。生身の人間を相手の仕事がどれほどストレスが強く、しかしそれに見合わない賃金で。これ以上、命に関る仕事を増やすのを「認める」とは!

 

今回は卒業生の仕事紹介から離れます。

画期的な判決の場に行ってきました。正しくは、判決後の集会に参加しましたのですが…。前回の結審のときに傍聴席を譲ってもらったので、今回、傍聴は遠慮しました。随分と遠くから、東京とか山口とかから支援者が来られていました。


簡単にこの裁判の経緯を説明します。詳しくは「ファイトバックの会」で検索してください。

豊中市の女性センターの館長三井マリ子さんは60人の応募者の中から選ばれて非常勤の初代館長になりました。2000年春のことです。三井さんは次々と斬新で女性の立場に立った企画を実行していきます。2000年の首相は森喜朗氏。「神の国」発言の方です。(続きを読むに入れておきます)


この言葉から分かるように、日本はどんどん保守的な考え方の人の声が大きくなっていきました。勿論「ジェンダー」という言葉もバッシングを受けます。「ジェンダー」という言葉は学術用語なのですが、このような背景の下で福井県や東京都で「ジェンダー」を冠した書籍や講演会が排斥される事件も起こりました。「ジェンダー」を嫌う勢力は、男女の役割を固定する考えです。こういう流れの中で、三井さんは攻撃を受けます。特に豊中市会議員、ジェンダーという言葉・概念を忌み嫌う、一人が執拗に、「三井さんを辞めさせろ」と迫ります。

結局女性センターの幹部(豊中市からの出向)はそれに屈服して、三井さん排斥を画策します。そして、三井さんには内緒で、次の館長候補に「三井さんは辞めたがっている」と言い、寝屋川市の職員であったその女性を引抜きます。しかし、これでは明らかに計略がばれてしまいますから、表向きは試験をします。結果はもう言わなくても分かりますよね。


三井さんは裁判に訴えますが、大阪地裁は三井さんの訴えを認めませんでした。こんな理不尽なことがまかり通っているのに、裁判所は認めなかった。三井さんの悔しさは想像に余りあります。(
2009531日の「豊中男女参画センター「すってぷ」裁判とクオータ制」にも書いていますので、両方を読んでくださるとさらに詳しく経過が分かります。)


そして、
330日。控訴審の大阪高等裁判所の判決が出ました。不満もありますが、ほぼ三井さんの主張を認めました。「裁判はその中身ではなく、裁判官による」と考えた方がいいのだそうです。これから言えば今回の判決を出した裁判長は大ヒットと言えます。裁判長の名前は「塩月秀平」さんです。覚えておかねば!


宮地弁護士が三井さんの背中を押しました。三井さんが最初に相談した弁護士です。以下、宮地弁護士の話です。

 

雇用関係の裁判は難しい。勝算を考えれば、「裁判をやめなさい」という弁護士の方が多いかもしれない。しかし、三井さんは館長であるときも、それまでもいつも「不正義に立ち上がろう」と言ってきた人である。ここで三井さんが立ち上がらなければ、三井さんは今後自己を否定されたことをずっと引きずって生きていかなければならない。だからこの判決は、三井さんの尊厳を踏みにじったことに対する判決なのです。

 

ちょっと難しいのですが、宮地弁護士の解説を「続きを読む」に入れます。「続きを読む」に《人格権》が出ているのはそういう意味なのです。

では今日はここまで。

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