この不穏な雰囲気はなんだ!イスラム関係の本を読んだばかりで、イスラム世界のことを知らなさ過ぎで、わずかな知識も欧米側寄りであることに改めて気が付きました。
フランスで企業寄りの労働時間延長などを核心とする労働法の改定に反対して連日デモが行われ、それが過激化しているとの報道に、単に労働法改悪だけでない、フランスの旧植民地出身のいつまでも二流国民のままの人々の存在に思いをはせました。

昨年911日に労働者派遣法が改正(改悪)されました。労働者は強く反対しましたが、フランスのような状況にはなりませんでした。国民性だけの問題ではないことが分かりました。日本は顕在化しない分、根が深いと考えています。

さて、労働問題ですが、東和工業男女賃金差別裁判の高裁判決があったので、傍聴のため427日に金沢に行ってきました。

一審の判決は昨年326日、原告、被告ともに控訴して舞台は高裁に。
高裁に移ってから裁判官の和解勧告があり、その後
5回の和解のための会議が開かれました。和解は決裂し、427日に二審の判決がありました。和解会議中、原告が要求した謝罪の言葉はありませんでした。「ごめん」のたった3文字が言えないとは。会社側は、労働者の前に生身の人間であることに思いを馳せなければなりません。
このブログを始めるきっかけになった卒業生へのアンケート「賃金が安いパートでもなぜ働き続けるのか?」という問いに、「遣り甲斐がある。問題を解決できたときの充実感。お客様から感謝されるときの充実感」を挙げています。人はパンのみで働いている訳ではないのです。


二審の高裁判決は、一審と殆ど変わりませんでした。

これまでの報告は、このブログの2014.09.172015.03.312015.05.05 2015.09.10にあります。

一審と同じく「労基法4条違反」は認めましたが、それに伴う金銭的な保証はありませんでした。退職金の算定方法を一部変えて7万円だけ増えていましたがこれで全てでした。

原告は一審と二審の判決文を読み比べ、以下のように述べています。最高裁に上告するかどうかは現在考慮中ですが、勝ち目はありません。裁判官は何に重きを置いて判決を出したのか、証人尋問で明らかになった原告の専門性はなんだったのか、労働者に光の見えてこない理解に苦しむ判決でした。


原告が判決に対して指摘している点は以下です。

職能給差額の認定がなかった。

原告は専門的な仕事をしていたにもかかわらず退職までの期間、一般職のままでした。その間、原告は総合職にしてくれるよう上司に言い続けてきました。実際、彼女の仕事内容は総合職そのものでした。しかし、判決では、賃金は3年分だけ総合職の賃金表(年齢給のみ)を適用しました。東和工業は職能給の割合が高いにもかかわらず、判決では、職能給は「実際に総合職になっていないのだから、職能を測ることはできない」として、認めませんでした。

時効の適用により、賃金差額(年齢給)の認定は3年間だけで7年間が消滅。

東和工業が総合職・一般職制度を適用した以降10年間の内3年間しか認めていません。その理由は「時効」。原告は、時効という考え方そのものが納得できないと言っています。在職中絶えず「総合職に」と言っていた訳ですから、時効を認めるとなると、彼女の言い分を無視し続けた会社の遣り得に加担することになります。

総合職の退職金との差額はコース導入後の10年間分だけ。

設計職の22年間分を請求していました。

職務内容の事実が誤認されている。

これは、証人尋問のときに原告がいかに優秀な技術者であったかを、傍聴人は知りました。「コンベアの設計」のコンベアには多種あって、ベルトコンベアとかスクリューコンベアとか。多くの人が関わるベルトコンベアの仕事は、新人でも出来る部分があります。原告はスクリューコンベア担当のたった一人の専門職です。しかし、会社は単に「コンベア」とし、新人でも出来る仕事内容のような表現をしました。裁判官はこの曖昧にした言葉の意味を見抜けませんでした。

年金差額の請求を棄却。

賃金は、年金額に直結しています。判決では、実際に総合職の賃金ではなかったから「職能給に当たる部分は計算できない」としました。原告は、計算できないなどというのは職務怠慢であると言っています。1000歩譲っても、時効とはいえ3年間は総合職としての地位を認めているのだから、年齢給の分だけでも計算できる筈。裁判官が計算できずとも、社労士に依頼すれば済むことです。

快晴です。昨日から「ラ・フォル・ジュルネびわこ2016」です。
どれどれ湖岸の賑わいでも見てきましょうか。
(ハクション、今朝から花粉症)

では、今日はここまで。