今映画「外泊」今回は、前回に予告していた韓国ドキュメンタリー「外泊」についてです。
まずあらすじからです。


 

 2007630日、ソウルの大型スーパーのレジ30台の間にパート女性500人が座り込んだ。勤続18カ月以上の労働者は正社員にするという新法の施行を前に会社がパートを全員解雇し、レジ係を外部委託すると発表したからだ。21日間、泊まり込んだ。

 キム・ミレ監督は初日から撮影を開始。女性たちが「占拠」を通じて家事からも解放され、生き生きとしていく様子をとらえた。「(ストと言えば)堂々と家を出られる」「メシ、フロと言う人もいない」。タイトルは、パートの一人がストを「結婚後、初めての外泊」と表現したことからつけた。

 月収は80万ウォン(約6万円)未満。「女は低賃金で十分だと言われる」「トイレ休憩もなく6時間以上立ちっぱなし」「職場ではいつも『おばさん』と呼ばれる。私にも名前があるのに」。パート女性の苦悩は日韓共通だ。キム監督は「女性には妻、母の役割を持ったまま働くという特有の困難があり、それは争議では変わらなかった。なぜ、と問いながら撮った」と話す。

 ストは警察の突入で60人が連行され、終わった。争議は1年半後、スーパーが別の会社に買収され収束した。(20091211日「朝日新聞」より)

 

 

この映画を見た独身の女性が、「なんで女性は結婚するのでしょうか?男なんか女性の邪魔をしているだけではないですか。ストライキの素晴らしい事実よりも、ストライキ中の妻を『早く家事をしてくれ。誰が子どもの面倒をみるのだぁ』とか言って連れ戻しに来る夫たちの封建的な考え、そういう夫と結婚している今まさにストライキを決行している女性たちとのギャップに戸惑ってしまいました。」と感想を言ってくれました。(私も共感!)


しかし同時に、ストライキをする女性たちを見て涙が止まらなかったという意見も多くの、特に非正規で働く女性たちから出ました。
(横にいた私の友人は2回目なのに上映中ずっと涙していました。)

 

その後交流会があり、お二人がゲストで来て下さいました。

争議当時の組合副委員長で解雇されたイ・キョンオクさんと、職場復帰して分会長を務めるファン・オクミさんです。お二人とも正社員でした。(なんで正社員とパート労働者が共にストライキをすることが出来るの?)


では上映会があった大阪と京都へ来てくださったお二人に質問した内容を紹介することで、争議の実態を知ってください。長くなるので、ここからは「続きを読む」に入れます。


あなたもこの映画を見てみたいとは思いませんか?勇気をもらえるし、何より地に着いた女性たちの運動に感動を覚えます。男性と女性の運動の何が異なるのかを考えることもできます。
(私は男性とか女性とかで分けたくないのですが、この映画を見ていると「命」に対する考え方に違いがあるのではないかと思えたりします。)

何人か見たい人があれば、上映会を企画したいですね。

では良い年をお迎えください。

 

 

まず記事の補足をします。

スト決行の翌日7月1日から「非正規職保護法」が施行された。

ストを決行したスーパーの名前は韓国ワールドカップ競技場にある「ホームエバー・ハイパーマーケット」。当時ホームエバーを運営していたのはイーランド・リーテル社。よってこの闘争を「イーランド争議」と呼ぶ。

イーランド・リーテル社は「非正規保護法」が施行されると、勤続18ヶ月以上の非正規労働者を正規にしなければならず、これを避けるために「レジ係り」をアウトソーシング(外注化)しようとし、解雇をしようとした。

スト参加者1200人で、正規と非正規は600人ずつ。(正規と非正規が共に闘うなんて!解雇になるのは非正規だけなのに。「なんでぇ〜?」。

イーランド・リーテル社傘下のスーパーはいくつもあった。(数を把握していません。)よって、500日以上の争議は各地のスーパーで行われたもの。ワールド・サッカー店でのレジを占拠は20日間続き、機動隊によるごぼう抜きの強制排除、幹部の逮捕、放水攻め等で最終的に解散させられた。

2008年5月に流通大手のサムソンテスコ・ホームプラスがイーランド・リーテル社のホームエバー事業を買収したことで解決に向けた話し合いが始まり、次のような結果をみました。


16ヶ月以上勤務した非正規労働者は「期限の定めのない雇用契約」へ。

非正規労働者への有給休暇付与。

組合に残る180人は現職に復帰。(最初1200人で始まったストは最後は180人。映画ではさまざまな事情を抱えた女性たちが出てきます。最大の理由は経済的なことだと思います。なぜならスト中、給料は出ませんから)。しかし、争議活動を理由に懲戒解雇された28人の内、委員長ら12人の職場復帰はできませんでした。

(20081119日「しんぶん赤旗」を参照) 


では、ここからが質疑応答の内容です。
ファン・オクミさんは「会社とも闘わねばならなかったが、夫との闘いでもあった。夫と一ヶ月口をきかなかったこともあった。」。ある時「自分の娘にこのような働き方をさせたくないからストをしている。」という内容も含めた彼女の言葉が新聞に載りました。夫はその後何も言わなくなったそうです。


イ・キョンオクさんの夫は亡くなっています。「夫がいればここまで頑張れたかは分からない。でも、夫がこういう道を選ばせたと思っている」と語ってくれました。


ストライキの初期には《支える夫の会》もできたが、韓国初の実業者出身である李明博が大統領になり、
10年ぶりに保守政権が誕生したことを見た夫たちは、李明博大統領が経済の回復を最優先にしているから、労働者側には不利と判断し「この争議に勝算はない」と抜けていった。 (日本版小泉・竹中路線?)
また、労働運動の闘争路線を巡っての民主労総と民主労働党の対立もあった。

(映画の中でも、労組の幹部が彼女たちの争議に関ってきます。私が見る限り、争議が女性たちの手を離れ、政争の具にされていくように思えました。)


この争議は“アジュンマ”
(おばさん)だからできた。日本と違って韓国のレジは中年女性の仕事。若い人なら転職の機会もあるが、中高年では再就職のチャンスはないし、あったとしても新たな職場で一から技術を覚えるのは時間がかかる。だから「職場を替わるのではなく、職場を変える」を信念に闘ってきた。イーランド・リーテル社にはスーパーやデパートなど3事業があったが、デパート部門で働く若い女性たちも頑張ったのだが、最後まで争議を続けたのはスーパー部門だけであった。


なぜ、正規と非正規労働者が共にストをすることができたのか?それは正規も非正規も同じくらいの低賃金だったから。
正社員のファン・オクミさんも「同じ仕事をしている非正規の人たちの窮状を黙って見てはいられなかった」と言っていました。


労組の幹部が「おばさん」と呼び、それに対して「私には名前がある。おばさんと呼ぶな」という場面があったが、今は何と呼ばれているのか?「日本語に訳するのは難しいが、あえて言えば『おくさん』。『おばさん』という呼称も日本語とはニュアンスが異なり、『おばさん』以下の呼称はない。」


スト後、大手のスーパーのレジ係りは座って作業をするように変わった。
(私も納得。確かに最近行った釜山でも、またヨーロッパでもレジ係りの人は座っていました。)


ストの和解協定には、ストに参加した労働者の職場復帰はあったが、争議の中心にいた
12人は職場復帰ができない内容であった。この和解協定を受けるかどうかで、最終的にはストにより経済的に追い詰められている多数の人の職場復帰を選択した。職場復帰にならなかった副委員長のイ・キョンオクさんは『願いは組合員の職場復帰だったので良かったと思っている』と話されました。