BSNHKで、イザベラバードの番組を見ながらパソコンに向かっています。(それから早や一週間経ってしまいました。なにしてたんや!!)

≪イザベラ・バードは、イギリス・ヨークシャー出身。1878年(明治11年)6月から9月にかけて、東京を起点に日光から新潟へ抜け、日本海側から北海道に至る北日本を旅し(連れは通訳の日本人男性1名のみ)、また10月から神戸、京都、伊勢、大阪を訪ね、これらの体験を1880 "Unbeaten Tracks in Japan" 2巻にまとめた。第1巻は北日本旅行記、第2巻は関西方面の記録。≫(wikipediaより)


私は余程ひねくれているのかな?って思いながら見ていました。イザベラ・バードが旅した頃の日本を、今の日本に訪ねる番組です。いわゆる温故知新かな?江戸時代の風習が今でも大切に伝承されている滋賀県甲賀市水口町北内貴の「十人組」を紹介していました。集落のこの十人の長老が年24回の行事を執り行いっていくことで、伝統行事が継承されています。それ自体に文句はありません。しかしなのです。この長老が全部男性で、どうもこの集落は長男がその任を受け継いでいるようです。で、年24回の下支えは誰かって?勿論女性です。行事の後の宴会のために女性が待機しています。「大変でしょう」との取材人の問いかけに曖昧な表情の女性の顔。そりゃ言い難いでしょう。女性に人権のなかった時代の行事をそのまま伝承することが、伝統を守るということなのでしょうか。厳しいイスラム原理主義の下、頭からすっぱりと全身を覆うブルカを着なければならない女性たちを「気の毒」って思っている日本の女性も大差ないかもしれません。


さて、本題です。
衝撃的な判決でした。まさかの敗訴です。判決の内容は下記に記した動画サイトで語られています。

事件は以下です。この記事はACW2(働く女性の全国センター)のHPから採りました。


≪就職氷河期、社長と店長による、アルバイト中の就職内定者である学生へのセクハラ≫ 

1. 概要 (原告より)
2007
4月、私は株式会社銀蔵に内定しました。就職難の中、私は大好きなバッグやジュエリーにかかわる仕事、そしてバイヤーを目指したいという夢で、この会社に内定できて、とても嬉しく、頑張りたい気持ちでいっぱいだった。20078月下旬、人事より連絡があり、秋に関西初進出するので、私に卒業まではアルバイトとして一緒に行かないかということだった。行くか、行かないか、を一週間で決めろと言われた。既に私は大学の卒業に必要な単位は取り終えていた。関西初進出の新店舗のオープンから携われるなんて滅多にないことで、バイヤーを目指すのにいいチャンスだと思い、大阪行きを決意した。200710月大阪・心斎橋に引っ越して正社員と同じように勤務していた。働き始めて約1カ月半経った頃、社長からのセクハラに遭い、その5日後今度は店長からセクハラに遭ってしまった。突然のことで、しかも短い期間で2人からセクハラに遭うなんて…社長と店長はグルなのかもしれないと思った。それが複数回続いた。どうしたらよいか分からず、結局体調を崩していき、20083月に退社の決意をしました。セクハラがあったことを会社側に伝えると、生活費やなどは私が社会復帰できるまで補償する、医療費も支払うということで、正式に退社をしたが、会社側は全く約束を守りませんでした。現在私はPTSDによって働くこともできず、毎日、頭痛や胃痛、身体の痛みなど様々な症状に耐えながら生活しています。この苦しみは、被告にはわからないだろうと思うと本当に憤りを感じます。

2.裁判の状況
2010
3月訴訟を起こしてから、1年半以上が経ちました。証拠書類は、原告側は約40ページもの陳述書以外にもいくつか提出していますが、被告側はほんの数ページの陳述書のみです。20116月と7月に行われた証人尋問では、被告は「覚えていない」「記憶にない」ばかり。それどころか、「男だったらヤルでしょう」というようなとんでもない発言や、法廷で声を上げるなど、ひどい様子でした。


彼女は勇気があります。実名も顔も出しています。しかし、この記者会見で「もう生きていたくない」とも言っています。司法の判断は、「イヤなら逃げ出せばいい」から一歩もでていません。このタイトルにもあるように、正社員の職に就ける女性がどれだけいるでしょうか。多くに非正規の労働者が、「次回は更新しない」と使用者に言われるのではないか、正社員も「クビ」と言われるのではないかと戦々恐々の中で、権利を主張しないで働いています。

裁判官って、どういう思考の人なのか分かりませんが、冒頭に書いたことと相通じるものがあると思いませんか?

http://www.ustream.tv/recorded/20175988

ではきょうはここまで