花粉の飛散で春到来を知りました。おまけに黄砂、PM2.5も加わって、東の放射能とともに、日本中逃げ場がありません。でも、やはり怖いのは放射能。フィルターを黒くするとか、臭いがするとか、そういう類は一切ないのですから。しかし、くしゃみと目の痒さには我慢できず、昨晩の関電前集会は休みました。毎週金曜日の官邸前での集会の人数が数百人程度になったとニュースでも報じていました。元々大津の関電前集会は50人程度なので、こちらはそんなに東京ほどの激減は感じません。まあ。私のように花粉症で断念した人も何人か、東京なら何百人といたかもしれませんが…。

労働問題は表立っての動きはありませんが、自民党はなんでも規制緩和の方針のようですから、労働者の権利に関しては期待するのは無理でしょう。首相が財界に「賃上げ」を要請し、それに大手コンビニが呼応しました。労働組合はますます不要のようです。でも、恩恵(今や、給料はお上からの恩沢の感あり)は正社員だけです。


新聞に≪「正社員
解雇しやすく」浮上≫とあり(2013.08.07朝日)、安倍政権の有識者会議で話し合われています。

「終身雇用と年功制保障、その代わりに身を粉にして働く」という日本の労使の約束は、過労死とかブラック企業とか「追い出し部屋」とかに繋がる「身を粉にして働く」以外はとっくに破たんしています。


今回も労働問題に特化しない内容ですが何点か。

例えば、上記の「正社員解雇しやすく」の考えは突然に出てきたものではありません。最近「労働組合運動とはなにか」(熊沢誠著岩波書店)を読みました。上記の「賃上げは労使交渉で決まるのではなく、政治家が決める」は、私はかなりブラックジョークというか、皮肉の意味を込めて書きました。

突然に労働組合が無力化したのではなく、それは緩やかに、時には急にずるっと滑り落ちるように今日の出来ごとに繋がっているということを、この本で再確認しました。例えば、「労働者の職場での扱いはどうにでもできる」と経営者が考えるようになったのは、1986年の国鉄民営化(JRになったこと)からです。

だから、原発の再稼働も、オスプレイが和歌山県の上空を飛ぶことも、アルジェリアで日本人を含む労働者が殺されたことから自衛隊を海外に派遣する法律がもうすぐ成立することも、「そうか、あの時のあのことは、今のこれに繋がっているのだ」と合点する時が来るし、その時に反対を叫んでも遅いのだということを。

歴史というと、毎日あくせく暮らす庶民には関係のないようですが、連綿と続く日々の積み重ねが歴史であること、その中にまぎれもなく私たちは存在しているということを深い反省を持って自覚しました。

「安全な原発から稼働させる」って、これもブラックジョークなの?原発はそもそも問題点が多く、100%安全な原発はないと福島原発の爆発で知ったはずなのに!

体罰を受けた生徒が自殺した桜ノ宮高校の当該教諭がNHKの『ニュースウオッチ9』で謝罪していました。うまく表現できないのですが、違和感を持ちました。体罰を容認しているのではありません。生徒に手()をあげれば、非力な私は、体格に勝る生徒に負けてしまいます。女の先生はまず体罰はしないでしょう。老眼鏡の宣伝ではないけれど「はなせばわかる」高校生です。わからなければ何度でも。今回の体罰も連綿と続く日本独自の風土の1つです。あっさりと従業員を首にしたり、過労死や過労自殺にまで追い込む企業の責任者もNHKに顔を出して謝罪するべきです。

「働きすぎに斃れて」(熊沢誠著岩波書店)には、過労死や過労自殺などの事例がこれでもかというくらい出てきます。39日号の東洋経済に「ユニクロ疲弊する職場」を特集記事にしています。売っているものからは想像できない「社員を追い込む言訳許さぬ風土」とあります。3年以内の新卒者の離職率は5割超とも。


若い知り合いがフランスのワインの生産地にいます。子どもの通う幼稚園のことを紹介してくれました。一部を引用します。
( )は私の注釈です。(幼稚園の担任の先生はバカンス中にスキーで転倒して怪我をしたそうで年明けからずーっと休み。その間代理の先生が来る予定だったのですが、一週間だけ来てその後ずっと不在。その間、働いていないお母さん達は子どもを預ける事ができず、知り合いは働いているから子どもは幼稚園に行くことが出来ますが、実情は、毎日他のクラスに振り分けられ適当に遊んで過ごしているとか。こういう前提で、以下が知り合いの文章です)


子どもの
今日(131)は娘の4歳のお誕生日デシタ学校ではほとんどの子どもがお誕生日にケーキやお土産のお菓子などを持参します。(学校でお誕生会は用意してくれません)担任の先生はいつ復帰するかも不明の長期欠席なので、今日は毎週木曜日だけ来る副担任と一緒に(もともと木曜日は担任が休み。そういうシステムも日本じゃあり得ませんよね〜)お祝いをしましょうと言ってくれていたので、ケーキやお菓子の準備をしていたのですが
なんと

その日に限って
…。ストすでに娘のクラスは二週間以上放ったらかし状態だというのに。今回のストの理由は土曜日の午前中授業をすることに対して、とか。代理の先生を削減するという国の提案に反対だからとかいろいろ説はありますが。代理の先生を削減するのは私は賛成かも。だって先生たち簡単に学校休み過ぎ!先生をしている友人にあった時、「この間病気だったけど代理がいないからしょうがなく学校に行ったのよ〜」なんて言ってましたが、「じゃあ代理がいれば簡単に休んでたわけ?頑張れば仕事いけるくらいの程度だったんでしょ」って疑問に思ってしまいました。
(幼稚園、小学校は水曜日も休み。勿論土日も。中学校は不明)



この後も知り合いの怒りの言葉が続きますが、スト権を与えられていない日本の公務員とは次元が違いすぎるので、なぜフランスでかくも労働者が権利を主張できるのか、また、この場合なら、保護者はストをする先生にどのような感想を持っているのか知りたいところです。知り合いの子どもの担任が「過労死」ということは絶対にないのは確かです。

では今日はここまで