今回も教育から。

ドイツの小学校に通う小学生の話しです。この小学生の担任が3日間の病欠だそうで、メールが来た時点では3日目でした。先生のお休み、これはどこにでもある話しですが、ここからが日本と異なります。

そのクラス児童は、他の5つのクラスに振り分けられました。他の5つのクラスには当然担任がいます。そのクラスの担任が、振り分けられた子どもたちの面倒を見るというのなら、まあ分からなくはありません。日本なら、まず他のクラスに振り分けしないで、教頭とかのフリーの先生が勉強を教えます。

で、ここからが全く理解できないことなのですが、振り分けられた子どもたちは、振り分け先のクラスの先生の授業を受けるのではなく、同じ教室でプリント学習をするのだそうです。同じ学年だから同じ教科書です。でも教室の前で教えている先生はあくまで自分の担任しているクラスの子どもだけを教えている。振り分け先の元々のクラスの子どもたちは4時間授業、で、自習している子どもたちはプリントが出来次第の3時間で帰宅。
前回、日本の小学校の運動会における高学年の子どもたちの一糸乱れぬといってもいいほどの団体競技について、それが行き過ぎた場合の怖さを書きましたが、さすがにドイツのこの例に、こんなばらばらでいいのだろうかとの感想を持ちました。他のクラスに振り分けられたこの小学生は、そこで初めて、自分の習っている先生との進度が違っていることに気が付いたそうです。日本で言えば、掛け算をしているクラスと、まだ九九も暗唱できていないクラスのような例えでしょうか。

この小学生が日本の小学校に通っていたときの担任は新人でした。でも、絶えず学習の進度や教え方についての学年会議があり、新人の先生のクラスの子どもたちが特に進度が遅れるということはありません。画一的というのを嫌うことはとても大切だと思いますが、ドイツのこの例に関してはどう考えればいいのでしょうか?労働者である教師という観点からは、病欠した同僚のクラスの子どもたちの面倒をみるのは「契約以上の労働」になるとの考えなのでしょうか?いつも労働者の側に立たねばと言っている私ですが、理解に苦しむ内容です。

後日談で、この小学生の担任はさらに3日間の病欠だそうで、後半の3日間は他の学年の先生がクラスに入られるとのことですが、勉強は教えないそうです。やはり、教師の労働者としての問題のようですね。

そこで、教師の労働とはどのように定義されているのか、ILOの条約で調べてみました。この小学生の親は、日本の教育とドイツの教育を知っているから、日本を基準にして「なんで他の先生がカバーしないの」と思ったようですが、ドイツの教育しか知らない親は、これが当たり前かもしれませんから。
ILOは国際労働機関、ユネスコは国際連合教育科学文化機関、United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization U.N.E.S.C.O.の略で、諸国民の教育、科学、文化の協力と交流を通じて、国際平和と人類の福祉の促進を目的とした国際連合の専門機関。この両者が共同で「教員の地位に関する勧告」(ILO・ユネスコ勧告)を作成して、1966年に採択されています。
この勧告で重要な点は、これが条約でもないにもかかわらず、監視機関として<「勧告」の適用に関するILO・UNESCO共同専門委員会>という組織が設立されていることにあります。日本の教職員組合は2005年に、この監視機関に申し立て『日本の教職員の労働実態と健康への影響について』(全日本教職員組合)を行い、この監視機関は、日本政府に「改善のための勧告」を出しています。(日本政府への勧告は労働時間だけに限らず多岐にわたります)ただ、この申し立てが約10年前なので、新しいデーターが使用されている
東京学芸大学紀要2013年<教員ストレスに影響する要因の検討─ 学校教員の労働環境と意識─佐野秀樹・蒲原千尋の論文から一部抜粋の形で引用させてもらいました。
読んでみようと根気(勇気)のある人は「続きを読む」をどうぞ。これを読むと、ドイツの小学校の病欠の先生の例よりも、なんでも引き受けてしまう日本の教師の方が少数派なのかも知れないという気もします。

滋賀県の嘉田知事が「小泉元首相の反原発の意見を歓迎する。また、教育に政治が介入してはいけない。学力テストの公表には反対する。政治家の役割は教育の環境を整えることにある」というようなことを述べたと新聞で読みました。
ぶれない知事で一安心です。
では、今日はここまで。


1 は,小学校の教員の労働時間についての報告。最近の著者の聞き取りによると,朝7 時頃の出勤,夜11時頃の帰宅,そして週末もクラブ活動の指導で出勤する教師もいる。同じ調査では,中学校・高等学校も同様の傾向を示しているが,中学校の場合,1997年から2008年まで,約一時間勤務時間が増えていることが示されていて,最近教員の労働時間がさらに長くなっていると思われる。 教師の一日の労働時間が長くなっている理由として,学校が週休二日制になり,以前は土曜日にしていた仕事を金曜日までにしなければならなくなったことが一つの要因であるかもしれない。しかし,それにしても長い労働時間と言える。

 表1.日本の小学校教員の一日の労働時間

2007 11時間12分、2010 11時間24

2 では,OECD の報告を基に,各国・地域の年間の労働時間を比較したもので,日本の教員の労働時間が極端に長いことがわかる。多くの国が加盟しているOECDの労働時間と比較しても,OECD の教員からみると,日本の教員は,800時間以上,一日8 時間とすると100日以上にも及ぶ労働をしているのである。これは,海外の教師の雇用形態,年間の雇用期間(夏は雇用されていないなど)などについて,詳細に検討する必要があるが,Karoshi(過労死)という日本語表現が,海外でも通用するほど,我が国の労働環境の現実を示していると思われる。 〜略〜おそらく,日本では諸外国では教員がやらないような仕事も行っていると思われる。単純に教員の労働時間の長さを考慮にいれてみると,おそらく日本の教員の時間あたりの給料は他の諸国よりかなり低いことになり,最近の日本の教員の労働条件は,一定の生活のための経済的条件は満たしているが,他国には見られない労働時間を要求されていると言える。終身の職業がある程度保障されているかわりに,非常に多くの時間,日本の教員は働くことを求められているのではないだろうか。

表2. 小学校の教師の就業時間の国際比較4

日本1960 時間(408 *年間の残業時間 )USA 1332 時間、
Germany 1742 時間、OECD 平均1695 時間

以上から考察されること

 1)日本の教員は他の国と比べ,一定レベルの給与を得ているが,労働時間あたりにすると,他の国より低い収入を得ている。 

 2)日本の教員の最近の労働時間は,他の国・地域と比べて,きわめて長く,最近教員が教育や子どもと接する以外の仕事が増加している。 日本の教師が,非常に熱心に,多くの時間を使っているのは,疑いのない事実であろう。わが国は,多くの教員の努力で,国力が上がってきたのも事実であろうし,無私の姿勢で仕事に打ち込むのは美徳と言える。しかし,現在のメンタルヘルスの状況(多くの教員がメンタルヘルスの問題で苦しんでいる)は深刻である。教員で多く見られるうつ症状は,まず休息が必要とされるが,現在の学校では,休息は簡単に得られそうもない。 教師の仕事である生徒指導・教育相談においても日本の教師は多くの時間を割いている。諸外国,例えば米国においては生徒指導・教育相談はスクールカウンセラー,ソーシャルワーカーなどがその多くを請け負い,特別支援も,専門の教育を受けた特別支援教師が担当する。さらに,学校では教員免許をもたない成人をアシスタントとして雇い,教員の補助としている。こうした教員を支える職業の存在が,まだ日本では充実していない。 また,教育と直接に関わらない業務が増えたり,勤務の評価活動にも時間を取られることもある。たとえばパソコン等の学校への導入は,教員にIT機器に向かわせる時間を大きく増加させ,教員同士や教員と子どもの向き合う時間を減少させ,教員のストレスの新しい一因となっているとも言われる。